24年前、モノを造る事の難しさと楽しさを一度に体験した事をキッカケに、今の職業に着く事を決意した。
あの時の思いは今も続いているのか?
知らない事が少なくなったという錯覚
ざっくり言って、店づくり、店舗設計施工は、決まった業種・業態を専門でやっていくと、決まったパターンの繰り返しになる。
多少の流行はあるものの、業態ごとの導線、ゾーニング、レイアウト、バックヤード機能などは、かなり以前からそれほど大きな変化はない。
それゆえ、特殊な業種には専門業者がいて、技術力は他社より優れ、独壇場になる。理美容業界などは、まさしく、そんな感じだ。
水周りの絡みのない物販店舗は、制約が少ない分、表層的な拘りに走ることが多い。
とてもアクロバティックな納まりであったり、意表をついた仕上げであったり。必要以上に明るい演出照明で、壁面は白色。そんなデザインが流行ったときなどは、OPEN初日でたくさんの来店者ですぐに汚れて見ていられないこともあった。
新人のときは、どんなことも初めてなので、とにかく楽しかったけど時間はかかった。でも、ある時期から「あっ、このパターンね」と、なって経験則から事を進めるようになり、効率が上がり始める。「小慣れる」という時期だ。
10年もやると、ほとんど経験をしたものだけで解決できるようになり、自分が望まないかぎり新しい方法を採用しない。コストの面からもそれが一番確実であるため、特に受発注に関係する者は保守的になる。
何年かに一度、新素材、新技術、新工法が業界を一新する。最近ではLED照明器具かな。
そうでないときは、「全て分かった」つもりになって仕事を進めていた。
変化に対応できないものは衰退する
そんな状態が続いた後に、未曾有の大不況がやってきた。とにかく安く、他社よりもコストを抑える。それが最優先で仕事が進む。
企業体力があるうちは、なんとか持っていたけど、次第に倒産する同業者が増えてくる。条件は悪くなるばかりだ。
今となっては、「新しい技術で他社との差別化」などとてもできない。それが出来ていた企業は不況など関係なかった。
モノ造りを経験則のみで行ってきた者は、価格競争の荒れ狂うレッドオーシャンで、どこへ進めばいいのかすら分からず、運転資金調達のため割が合わない仕事でも手を出さざるを得なくなった。
誰のために造るのか
仕事としてモノを造るということは、「誰か」のために造ること。
「誰か」は直接お金を払う人ではないかもしれない。だから、クライアントのためだけにモノを造るわけではない。
そのモノを使う人が、「誰か」だと思う。なので、使う人の目線でモノを造り続ける。
納期やコストは2次的要因、それを理由に品質を下げてはいけない。
もうひとつは、自分のため。そういうと、「自分のために作るのは作品だ、芸術家だな。」とよく言われた。
それでいい、アーティストだよ。なにかを造りだす者は。
そんな気持ちを忘れかけていたので書き留めておく。